ラージ記

30代サラリーマン。クルマ、バイク、楽器、株式投資などを中心にやらせていただいております。

#コンビニはエロ本を売らずにおむつを売れ 問題について

「#コンビニはエロ本を売らずにおむつを売れ」というハッシュタグのついた一連のツイートをみて思ったこと。

 

結論から言えば、今回の件は、別にエロ本とオムツは対の存在でもなんでもねーんだから、単にコンビニにオムツを置いてくれという主張でいいじゃんという話。本当にオムツに需要があるならコンビニ側も対応するでしょう。エロ本は関係ない。一言多いと人生損するから気をつけたほうがいいぜ。

 

そして以下は余談であり本論でもあるんだけど、まずハッキリさせておきたいのは、「子どもがいる=快楽を味わっている」ということ。これは忘れるべきじゃないでしょう。セックスで快楽を味わった結果が子ども。アクメ。いやマジで。

 

そのくせ、ヤツらはいかにも「え?自分はアクメしてませんよ?」みたいなツラをする。そればかりか他人の快楽を制限しようとする。「エロ本などという快楽の源となる邪悪な書物は排除し、われわれ神聖純潔薔薇十字騎士団の精霊、聖なる御子のためにオムツを置け!」と言う。いやいやおかしいですやん、めちゃめちゃセックスしてますやんって思う。

 

今のところそのつもりはないけど、おれが人の親になったとしたら、「どうも、快楽を味わった者です。味わった結果がこいつです。みなさんどうぞよろしくお願いします」という雰囲気を漂わせつつ、向こう三軒両隣にはセックスをした旨しっかりと挨拶に伺った上で、幸せに街を歩きたいと思う。嫁と子どもと手を繋ぎながらね。

 

少子化云々のデカい視点での話になれば、子どもを産み育てるということは「次の世代を残す、国を支える」という意味で、無条件で素晴らしいことなる。しかし、もっと狭い視野というか、一個人の人格・人間性の優劣みたいな部分で考えると、それは子どもの有無とは関係ない。子どもを作るかどうかは単純に個人の選択の問題であり、縁の問題でもあり、あるいは個人個人の体の差のによるものでもある。

 

子どもがいる人もいない人も、それぞれに同じだけ価値がある。どちらか一方だけの意見が幅をきかすようになったら終わりだよ。