プリキュア5とマリみて
プリキュア5が10周年らしい。
Twitterで「プリキュア5で好きな回を挙げろ」というハッシュタグ?を見つけたが、おれはあのアニメっつーのは主人公5人(+1人)と陰獣たち、敵キャラも含めたキャラクター達があってこそだと思うので、特定のエピソードだけを切り抜くことはちょっと難しい。無理矢理ピックアップするなら第34話、ババアこと我らがキュアアクアvsハデーニャの回になるだろうが、あの回以前からババアのことはめっちゃ好きだったし、他のキャラクターについてもそれぞれ良い回があるので、あれだけを崇め奉るのは、あまり良いことではないような気がする。それでもプリキュア5のどこが好きなんだと訊かれたら、あの2年間それ自体だと答えるしかない。キャラ達が暮らす劇中の時間の流れもそうだし、当時既に絶滅寸前だったVHSに録画してはゴチャゴチャ散らかった五畳間で繰り返し観ていたおれ自身の2年間も含めてのプリキュア5なわけで。それ自体がどうしようもなくプリキュア5なわけで。
(『プリュキュア5』と翌年の『GoGo!』、劇中で2回目の春が来てもキャラの学年は変わらなかった。「劇中の時間の流れ」とか言い始めると色々パラドックスが生じるけど、まぁそこはアレってことで)
『マリみて』もそう。キャラとしては祥子さまが一番だけど、祐巳ちゃん瞳子ちゃんはもちろん、登場キャラ全員のことが好きだ。キャラだけじゃなくてリリアン女学園自体も愛しいし、リリアンがあるとされるM市も、M市のある日本も、その日本で暮らす生きとし生ける全てのものを大切に思う。そして劇中でゆったりと、しかし確実に流れていく時間と、あの小説を一生懸命読んでいた大学生の頃の「こっち側」の時間すらも含めて、『マリみて』が好きなんだよな。
(昔はロサ・フェティダと交際している極悪糞性犯罪者の山辺っていうキャラの存在がどうしても許せなくて、絶対に地獄に落としてやるって思ってたけど、ここ数年でまぁ許せなくもないかなという気持ちになってきた。これが「年を取って丸くなる」というヤツだろうか)
3150(サイコー)の作品に出会えたことに感謝。
おわり。